2018/10/19

プロフィール

十二経絡Solute Energy 
沙羅の氣オーナーセラピスト

心身の不調や痛みを
からだの中を巡る経絡を使って整えるお手伝いをする
ヒガシ美樹です。

 

私は、お客様と接する事が好きで、営業職が自分に合ってると思い、ずっと金融関係の営業をしていました。お客様の御意向に沿ったご提案をして、お金の悩みを解決するお手伝いをする。その結果、職場での評価も得られる。これが天職だと思った事もありました。

 

仕事をする事。それが趣味と言える日常。休みはグッタリと寝ているか、家の事をまとめてやるかの生活。しかし、年齢と共に疲れも取れず、整体やマッサージにはよく通っていました。まだ、このときは、ボディメンテナンスを「自分が受ける側」から「する側」になるとは、まったく思っていませんでした。

 

そんな時、
夫の転勤で沖縄県那覇市に引っ越す事になりました。運良く、私も新天地に転勤させてもらうことが出来まして、南の島と新しい環境にワクワクしておりました。ところが、これが人生最大の試練に見舞われる引っ越しになるとは思ってもみませんでした。

 

南の島での現実は、職場の中で浮き孤立していましたし、どうしても職場に馴染む事ができませんでした。「慣れよう、馴染もうと」と何度も自分に言い聞かせますが、その度にどんどん足元がぬかるんでくるような感じ。自分の中にある、孤独、怒り、悲しみ、苦しみを誰にも打ち明けられずに、1年半経過していたある日、右の鼠径部(そけいぶ)に違和感を感じました。沖縄に来てから、みるみる増えた体重。10キロも太ってしまったせいかなと思ったりもしました。

 

病院で検査しても異常ナシ。しかし足の付け根はどんどん悪化。やがて職場を退社することに。

 

職場のストレスから解放され良くなるかな?と想っていましたが、反対でした。悪化する一方で、痛さのあまり気を失う事もありました。1ヶ月の半分も寝たきり、夫がすべてお三度をやってくれる毎日。大学病院や、ネットクチコミランキングで高評価の病院に何件も行って、精密検査しますが「異常ナシ」と言われるばかりで、私のイライラは局地に。

 

「こんなに痛いのに異常がないわけないじゃない!」と

医者に食ってかかったこともありました。

 

その結果、言われた言葉が『診療内科へ行け』でした。病院の駐車場で悔しくて声を出して大泣きした事……。今でもあの悔しさ、情けなさを思い出すと、こみ上げてくるものがあります。とにかく膨大な時間、いつ終わるのかわからない時間を持て余しながら、いつか、夫に辞令が降りればここから去る事が出来る。という思いで日々を過ごしていました。

 

 

心療内科にも、一応行きましたが、カウンセリングの結果は「心療では無い」と言われました。八方塞がり状態の中、夫が蓄膿の手術をする事に。これが、私の人生を好転させるキッカケになるとは思ってもいませんでした。

 

夫から
ホスピタリティ精神に溢れた病院だったから行ってみなさい。と勧められたのです。私は、たくさんの病院を渡り歩いていたので、このとき何の期待もしていませんでしたが、ここで初めて私の症状に病名がつきました。

 

「中枢性感作」

 

先生に、「この病気の認知度が低く、患者さんはホスピタルショッピングをしている」と言われ、「深く傷つく人が多い」と説明を受けました。やっとたどり着いた!やっと病名が判明した!そんな心境でした。それからは、前向きな自分が戻ってきました。

 

自分で出来る事はなんでもしよう!
と、心を切り替える事が出来ました。

毎日、痛みレベルを記録する事。(自分自身で判断、昨日の痛みが「3」だとしたら今日は昨日より痛くないので「2」)
生活習慣を変える事。
飲食物も刺激性の強いものは避ける事。

 

長年喫煙していた私は、痛み外来の先生から勧められた「禁煙外来」にも通い、あれほど辞められなかった「タバコ」をやめる事が出来ました。

 

この病気は、東洋医学の方が得意とする病気である事もわかりました。そこから東洋医学に興味をもった私は、自分でマッサージしたり、お灸をしたりして、少しでも症状を和らげることは出来ないだろうか?と、技術を教えてくれるスクールを探していた所、「台湾式十二経絡健康エステ」を浦添市で開業していた陳先生に出会ったのです。

 

陳先生との出会いが、人生を変えるキッカケとなりました。

 

陳先生から最初に教わった事が

  1. 怒らない
  2. 冷飲食をしない
  3. 早く寝る

この3原則でした。

 

当時の私は。、買い物に行けば、レジ前の長蛇の列にもイライラしていました。キャッシャーの手際が悪ければ文句まで言ってました。

 

それまでの私は毎日毎日、怒りまくる生活。
冷たいビールを飲みまくり、氷の入った焼酎も飲んでました。
そして寝るのはいつも夜中の2時前後。
いつも寝不足。

 

怒らない、冷飲食はしない。は、すんなりと実行出来ましたが最後までなかなか出来なかったのが「早く寝る」でした。お酒を飲みながら夜遅くまで、ゲームに耽っているかのが日常でした。酔っ払ってゲームして寝る。その「不摂生」が身体に染み込んでいるので、夜中になればなるほど冴えていたのが、やっとの思いで「早く寝る」もクリアしました。

 

そこからは、目覚めたように、白米から玄米に変えたり、タバコやコーヒーといった嗜好品も辞められました。ここ数年感じたことの無い「希望」を手に入れた私は、陳先生の十二経絡マッサージをもっと学びたい!と思い浦添まで通い続け、技術の習得に励みました。

 

練習中も陳先生が教える十二経絡マッサージで、身体の滞りがとれていけば「きっと痛みから解放されるさー」と兄弟子からも励まされました。

 

陳先生からも
「美樹はその病気になって良かった。自分が被験者だから、同じ症状の人に伝えられるよ」と励まされ、支えられながら技術を習得していきました。

 

夫の辞令がでて、2014年春、私は東京へと戻り、10月10日に「自宅サロン 沙羅の氣」をオープンしました。誰も知らない、友達も居ない、まったく1からのスタートですが不安には思いませんでした。

 

あの苦しみを乗り越えたんだもの。
1ヶ月の半分は痛みを堪えて寝ていた絶望からしてみれば、駅前でチラシを配ること、ポスティングすることなんて何にも苦ではありません。

出来そうだと思うことは何でもやった結果、クチコミから少しずつお客様も増えていきました。

たくさんのお客様に恵まれるようになったとき「経絡エステを学びたい!」とのお声を戴き、2015年秋から「台湾式十二経絡足ツボスクール」を、開講することなりました。

 

参加される方は、

  • 今後開業を考えてる方
  • 開業までに至らずも何かしらの技術を身につけたいと思っている方
  • サロン開業をしているが「プラス1」のメニューを考えてる方
  • 定年後、もしくは近々に職場を退職したあと社会と関わって行けるかどうかが不安な方
  • ホームドクターとして、ご家族の健康を管理していきたいという方。

様々な方が様々な動機で東京、埼玉、千葉、札幌から参加してくれています。

 

私が学び、体感したこの哲学を、通じて1人でも多くの方に自分自身の手によって、自分自身を「この瞬間に」整えていく方法を知っていただき、「生き方が楽しくなる」お手伝いをしていくことが私の使命だと思い、全国行脚して1人でも多くの方に「経絡エステ」をお伝えしていくために日々活動しています。

 

女性が毎日
「溢れる笑顔」
で過ごすことで、この社会がどんどん明るくなりますように。

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